人生を重ねた人にしか、歌えないゴスペルがある。

目次

  1. ゴスペルは、人生経験が歌になる音楽
  2. サティマイが歌詞を大切にする理由
  3. 同じ歌詞でも、見えている景色は違う
  4. 先生の解釈を押し付けない
  5. 大人数より、一人ひとりの声が見える場所
  6. ゴスペル未経験でも、すでに持っているもの
  7. 「ただ楽しい」だけでは物足りない人へ

1. ゴスペルは、人生経験が歌になる音楽

ゴスペルを始めるのに、遅すぎるということはありません。

むしろ、ある程度人生を歩いてきた人だからこそ、深く歌える言葉があります。

「信じる」
「待つ」
「赦す」
「立ち上がる」
「感謝する」

若い頃には分かったつもりだった言葉も、40代、50代、60代と人生を重ねるうちに、その意味は少しずつ変わってきます。

仕事のこと。
家族のこと。
別れや挫折。
誰にも言えなかった孤独。

そして、

「あの出来事があったから、今の自分がある」

と思えること。

そうした経験は、音楽教室では教えることができません。

けれどゴスペルを歌うとき、それらはすべて声の中に現れます。


2. サティマイが歌詞を大切にする理由

Satisfy My Soulでは、ゴスペルの歌詞をとても大切にしています。

英語をカタカナで覚えて、発音を整え、ハーモニーを合わせて終わり。

私たちが目指しているのは、そこではありません。

歌詞を読み、その背景を知り、聖書とも照らし合わせながら、

「なぜこの言葉が使われているのだろう」

「この人は、どんな思いでこの歌を書いたのだろう」

と考えていきます。

すると、それまで単なる英語だった言葉が、少しずつ自分自身の人生とつながり始めます。

ゴスペルは、音だけを覚える音楽ではありません。

言葉を受け取り、自分の中を一度通してから歌う音楽。

私たちはそう考えています。


3. 同じ歌詞でも、見えている景色は違う

たとえば、

“I know He’ll make a way.”

「神はきっと道を開いてくださる」

という歌詞があったとします。

ある人は、仕事で行き詰まった時期を思い出すかもしれません。

ある人は、家族と向き合った日々を思い浮かべるかもしれない。

ある人は、大切な人との別れを思い出すかもしれません。

そして別の誰かは、

「特別な出来事はないけれど、ここまで生きてこられたことそのもの」

を思うかもしれない。

同じ言葉を歌っていても、見えている景色は違います。

私たちは、それでいいと思っています。

むしろ、

それこそが大切だと思っています。

十人いれば、十通りの人生があります。

ならば十人で歌うゴスペルにも、十通りの思いがあっていいはずです。

4. 先生の解釈を押し付けない

サティマイでは、歌詞の背景や聖書との関係、ゴスペルが生まれた文化については丁寧にお伝えします。

しかし、

「この歌詞は、こう感じなければいけません」

とは考えていません。

先生の解釈を正解として覚え、それを再現するだけでは、その人自身の歌にはならないからです。

人生経験は、一人ひとり違います。

だから同じ言葉でも、受け取り方は違って当然です。

ある言葉に救われる人もいれば、別の言葉に強く引かれる人もいる。

その違いが歌声ににじみ出ることこそ、ゴスペルのおもしろさだと思います。

私たちが育てたいのは、

先生と同じように歌える人ではなく、自分自身の意味を持って歌える人です。


5. 大人数より、一人ひとりの声が見える場所

世の中には、いろいろなゴスペル教室があります。

大人数で歌う迫力。

たくさんの仲間と出会える楽しさ。

イベントやステージの華やかさ。

それぞれに魅力があります。

サティマイは、そこから少し違う場所を目指しています。

私たちが大切にしているのは、

「何人で歌うか」

ではなく、

「あなたが、何を歌っているのか」

ということです。

一人ひとりの声が聞こえる。

表情が見える。

誰がどんな思いでその歌詞を歌っているのかが、少しずつ伝わってくる。

だから私たちは、小・中規模であることにも意味があると考えています。

一人の存在が埋もれない。

誰かの代わりではなく、そこにいる一人として歌える。

そんな場所でありたいと思っています。


6. ゴスペル未経験でも、すでに持っているもの

「ゴスペルは初めてです」

「楽譜も読めません」

「英語にも自信がありません」

そう話される方はたくさんいます。

けれど、人生の半ばを過ぎた方には、すでにとても大きなものがあります。

それは、

生きてきた時間です。

誰かを愛したこと。

悔しい思いをしたこと。

どうにもならないことに直面したこと。

助けられたこと。

失ったこと。

それでも、ここまで歩いてきたこと。

それは、どんなボイストレーニングでも身につけることのできない深みです。

歌唱経験がなくても、人生経験はある。

そしてゴスペルでは、その人生経験が大きな表現力になります。


7. 「ただ楽しい」だけでは物足りない人へ

サティマイは、もちろん楽しく歌う場所です。

でも、

「楽しいだけでいい」

という教室ではありません。

歌詞について考えることがあります。

聖書を開くこともあります。

「あなたはこの言葉をどう感じますか」

と聞くこともあります。

少し面倒かもしれません。

でも、そのひと手間があるからこそ、歌は少しずつ自分のものになっていきます。

もしあなたが、

ただ大きな声で歌うだけではなく、
歌詞の意味を知りたい。

誰かの真似ではなく、
自分自身の声で歌いたい。

人生を重ねてきた今だからこそ、
少し深いところで音楽と向き合ってみたい。

そう感じているなら、サティマイはきっと相性のいい場所です。

ゴスペルを歌った経験がなくても構いません。

あなたはもう、何十年もかけて、
歌うための材料を集めてきています。

悲しかったことも。
うれしかったことも。
遠回りしたことも。

そのすべてを持ったまま、歌ってください。

私たちが聴きたいのは、

誰かのように上手な声ではありません。

あなたが生きてきた時間の向こう側から聞こえてくる、あなたにしか出せない声です。

Satisfy My Soulは、そんな声が集まるゴスペル教室でありたいと思っています。